Raphael Hamm 氏へのインタビュー

6月のNUKE アーティストセミナー 2018にて来日頂きましたDouble Negative (DNEG) コンポジティング スーパーバイザー Raphael Hamm 氏にインタビューを行わせていただきました。こちらの記事では、その内容をご紹介致します。

 

 

▼ご自身について

  • 最初に、ご自身の経歴についてご紹介ください。

1995年に学校を卒業した後に、3年程インターンシップでドイツ国内の大きな局のテレビ番組に関わりました。ここで、多くの技術を学びました。

この経験からポストプロダクションに興味をもち、ドイツにあるVFXスクールのFilmakademie Baden-Württembergに入学しました。この時点で、すでにコンポジションに興味がありましたので、コンポジションスペシャリストのための勉強を行いました。

フリーランスでいくつかの会社で働いた後、Scanline VFXに勤務していた時にDNEGのハリーポッターのプロジェクトに参加したのをきっかけに、そこから8年間、DNEGで働いています。最初はミッドレベルからのスタートでしたが、現在はコンポジットスーパーバイザーになることができました。

 

  • 今回、来日を決定された経緯をお聞かせください。どのような興味の元、日本行きを決定されたのでしょうか?

日本は、元々興味のある国の1つでした。ロンドンの日本食レストランに行くのもすごく好きでしたし、ドイツの故郷、レーヴァークーゼンには日本庭園があり、茶道を嗜むこともできて憧れていました。子供も日本の漫画とJ-POPが好きだったので、全般的に興味がありました。

モスクワでの経験で、行ったことのない国でプレゼンテーションを行うことが面白いと感じていたところに、ロンドンでFOUNDRYからオファーを頂きましたので、日本にくることにしました。

YouTubeで見て気になっていた、渋谷のスクランブル交差点を実際に見ることができました。

 

  • コンポジターという職業になったきっかけなどがありましたら教えてください。

テレビ番組に携わっていたころにとあるテレビショーで、うそのニュースを流すというコーナーを担当しました。このコーナーは、まるで本当のことかのように、うその内容をコメディ調に紹介するものでした。例の1つとして、「ビートルズはリバプール出身ではなく、ケルン出身だった」というようなものがあり、この内容と同時に流す画像を作成していました。

このときに、うその世界ではあるものの、新しい世界を作るために、いろんな画像を用意して、新しい画像をつくるということがとても面白く感じました。これを一生続けていきたいと思ったので、コンポジターになりました。

 

  • DNEGにおけるコンポジターとは、どのような役割でしょうか?
    また、DNEGにおけるコンポジティング スーパーバイザーとは、どのような役割でしょうか?日本では、コンポジターのカテゴリははっきりとわかれていないので、そのカテゴリでの役割分担についてお聞かせ願えますか?

コンポジターの役割は、ディレクター、クライアント、CG部署からもらったエレメントをシームレスに合成していくことです。Rotoや、Prepの作業は、基本的には専門の部署が行ってくれますが、時にはこれらの作業をコンポジターが行うこともあります。

そのコンポジターのもつスキルと経験によって、ジュニア、シニアなどに分かれます。

リードコンポジターになると、シーケンスを任されるようになります。

コンポジットスーパーバイザーになると、ショー全体を見ていく役割になります。コンポジットスーパーバイザーの場合は、ショットを作っていくのではなく、マネージメント専門になり、6~40人のメンバーを率いて仕事をすることになります。

VFXスーパーバイザーやCGスーパーバイザーは、一緒になって仕事をして、どのようにすれば一番良い方法でプロジェクトを完遂することができるかを仕分ける役割になります。

シニアとジュニアの分かれ目としては、単純な腕よりも、プロジェクトの最後のあたりで、大量のチェックバックをもらったときに、落ち着いて対処できるかどうか、が重要視されると思います。シニアコンポジターには、例えばチェックバックが20個あったとして、そのうちの優先度の高い2、3個をピックアップして対処し、ショットを完璧にすることが求められます。そういった状況でショットをクライアントに渡せるような人かどうか、という形で線引きをしています。

 

  • コンポジター、コンポジットスーパーバイザーに対して求められるものは、技術が進化するにしたがって変わっていますか?もし、変わっているとしたら、どのように変化していますか?

変わっていると思います。常に技術は進化していますので、自分たちが追いつかなければなりません。2008年に劇場映画を始めた時は、まだShakeを使用していて、3Dでのコンポジットはほとんど行っていませんでした。ところが、あるときNUKEが出てきて、2Dでのコンポジットしか行っていなかったアーティストが、3Dでのコンポジットを扱い始めるようになりました。パーティクルシステムや、複雑なプロジェクションなど、今まで3DCGソフトウェアのMayaを使用することでしかできなかったことを、NUKEで行うようになりました。コンポジターは、いつも新しいことを求められます。この変化は一夜で対応できるものではありませんので、常に進化し続けなければなりません。

 

  • Raphael 氏が考えるコンポジターにとって大切なことは何ですか?これから、コンポジターを目指す方々に、アドバイスを頂けますか?

コンポジターになるには、技術と創造性のバランスが大切です。このバランスは、コンポジターという仕事がもつ独自の組み合わせです。創造性の方を高めたいのであれば、美術館で絵を見て、色や光を研究し、良い構成というものはどういうものか、どうやって観客に対してアピールするのが良いかを勉強するといいでしょう。創造性を高めるのに、必ずしも筆はいりません。

技術の方を高めるには、MayaやHoudini等で3Dを学ぶのがすごく有効です。CGがどんなことをしているのかを学んだり、Pythonを学んで、コーディングができるようになることはチームにとってすごく有益になることです。チームはいつも自動化を必要としているので、会社のパイプラインにもとても役立ちます。

 

 

▼DNEGについて

  • DNEGとは、簡単にいうとどのような会社でしょうか?

VFX制作だけではない、巨大なデジタルのエンターテイメントの会社です。

2,3年前にプライムフォーカスとマージしていて、現在はグレーディング、スキャン、IO等のサービスを一連の流れで提供しています。

映画向けのVFX制作がメインではありますが、TVシリーズ、アニメーションの映画の制作も行っています。最近では、VRのプロジェクトも行っています。

2009年の時点では600人程でしたが、現在はインドやロンドン、カナダ、ロサンゼルスにもオフィスがあり、3000人程の規模になっています。

 

  • DNEGでのお仕事の規模と、コンポジットで使用するパイプラインやアセットなどが、どうそれに対応しているのか教えてください。また、インハウスツールとして開発されているものはありますか?もしあるのでしたら、その目的や内容についてお聞かせ頂けますか?

インハウスツールはありますが、DNEG以外の状況は詳しく知らないので、もしかしたら素晴らしいと思っているツールも、当たり前のように皆さんが使っているかもしれません。

DNEGでは、ベーシックなツールが用意されていますが、ショーによって実際に使用するツール内容は様々です。

ベーシックなツールの例としては、アーティストが作業しやすいように、CGのエレメントを探しやすくするためのインポート用のツールや、CGの素材をグレーディングするためのツールといったものがあります。

ショーによって変わるツールは本当に様々で、クリーチャーが出てくるショーであれば、クリーチャーのためのツールを開発したり、火が多く発生するようなショーであれば、それに伴ったツールを開発して、使用します。

NUKEでのショーに必要なツール開発は、例えば『ターミネーター』の時は、制作に携わった全体の期間は9か月ほどですが、そのうち最初の3,4か月で行われました。最初の方は作業ができるショットも少ないので、ショットの合成を進めていく中で必要そうなツールを見つけて、その作成に時間を掛けられます。プロジェクトの残り3か月あたりは、ひたすら作業を進める時間になるため、ツールの開発は行いません。

NUKEは自由度が高くパワフルですので、そのショーに合ったツール開発がとても行いやすいです。

 

  • 開発したツールは、プロジェクト後になにか活用されたりしますか?

一度作成されたツールはライブラリに残されますし、アーティストの頭の中にも残っています。それ以外にも、会議等でアーティスト間でコミュニケーションを取っている間に、口コミのような形で共有され、活用されることがあります。プロジェクトでどのように作業したかという情報が人を介して伝わっていき、新しいプロジェクトに入る人が情報を基にツールをもらい、自分たちのプロジェクト用に開発し直して、使用するという流れです。

『ダークナイト』のときに、スタジオを観客で埋めるために、パーティクルシステムを利用してクラウドスプライトというツールを開発しましたが、これもいろんな方からアイデアをもらって作り上げました。

ツールといっても、あるプロジェクトのために作ったものが、次のプロジェクトで使えるとは限りませんので、少人数の会社の場合は、その会社に合った活用できるツールの開発方法を構築した方が良いと思います。

 

  • 他の会社とショットを共有する時に、技術やアセットを共有したりしますか?

契約内容によっても変わると思いますが、基本的に、技術は他の会社の方と共有することはありません。ただ、モデルを共有することはあります。

例えば、こちらで作成した宇宙船のモデルを、他の会社の方がほしいと言った場合は、シェーダやリグは外して、モデルとテクスチャのみの状態でお渡しします。これは、会社によってパイプラインが異なるため、渡してもあまり意味がないからです。

NUKEに関しては、あまり機会はありませんでした。DNEGにはベックアンドテックというステレオコンバージョン用のツールがありますが、やはりこの結果のみをお渡しし、すべてのシステムを渡すことはありませんでした。

 

  • 制作環境でショットの管理をどのように行っているか、設備やソフトウェアについて教えて頂けますか?

現在、使用しているメインのツールはShotGunです。これがショットのデータベースです。

以前はFrameCyclerのカスタマイズしたバージョンで、EXRやシーケンスをチェックでき、古いバージョンとも簡単に比較できるようにしていました。QuickTimeも同様に、自分たちのバージョンがあり、古いバージョンとの比較を行っていました。

現在はShotGunをメインにして、スタンドアロンバージョンでEXRを読み込んだり、Quicktimeを比較したりしています。イメージシーケンスをタイムラインに並べる時は、昔から使用しているEXRコードフィリップというソフトウェアをそのまま使い続けています。

 

▼総合

  • ハリウッドの大作映画の予算感やスケジュール、プロジェクトに関わる人数について教えて頂けますか?

これは、プロジェクトによって全く異なりますので、正確に答えることはできません。

また、予算に関しては、スーパーバイザーでも全く関与しませんので、どの映画に関してもわかりません。

スーパーバイザーが関与するのは、人数と期間についてのみです。人数は、15人で済むこともあれば、80人、100人くらいのコンポジターで進めることもあります。これは、メインでレンダリングするのか、それとも他のショーを手助けしている状況なのか、仕事の複雑さ、クライアント側の意向といった要素によって、変動します。

期間に関しては、これはかなり長い期間の例ですが、『ターミネーター』の場合は15ヵ月ありました。一方で、すこし予定が遅れていて、他の会社に出向しなければいけないようなときは911の仕事(援護が必要な仕事)と呼ばれており、2ヵ月の間ひたすら制作を終わらせるためだけに働くこともあります。

 

  • DNEGの仕事の特色について教えて頂けますか?またロンドンのVFXスタジオの特色についてお聞かせ頂けますか?

他の支社で働いたことはありませんので、ロンドンのオフィスでの話になりますが、とてもフレンドリーな環境にあると思います。チームやスーパーバイザーとの関係を築くことのできる素晴らしいチャンスを得られる環境です。会社も、どのようなプロジェクトに関わりたいのか、アーティストの希望をちゃんと聞いてくれます。例えば、クリストファー・ノーランの映画に携わりたい、もしくは、ホラー映画の制作をしたい、と伝えれば、それぞれの希望に沿ったプロジェクトに参加させてもらえます。

また、とてもおいしいコーヒーショップがあります。さらにどのフロアにもキッチンがあり、簡単に他のアーティストとコミュニケーションが取れるようになっています。非公式な会議室もあります。

アーティストたちがただの数字ではなく、ちゃんとしたアーティストとして扱われる、とても良い環境です。アーティストにできる限り長い間働いてもらおうという意向もあり、ちゃんとキャリアが築けるようにしてありますし、もしリードの立場になりたいという野心家がいれば、リードのポジションに行けるようにサポートもしてくれます。

大体1つの部屋に10~12人のアーティストがいます。以前イタリアのベニスに仕事で行ったときにお酒を持って帰ってきたのですが、それを皆に渡したことがきっかけで、毎週金曜日の5時にいろんなものを持ち寄るようになりました。会社に行きたいと思う環境ができ、チームの雰囲気も良くなって、プロジェクトにとっても大きな助けになりました。

 

  • 日本人のNUKEアーティストで、DNEGで働きたい人がいたとしたら、どのようなことを重視して採用されますか?どのような点に気をつければ良いか、教えていただけますか?

まず、アーティストの能力を見ます。今までどのような作品に関わってきたのか、その人の強み、例えばCGに対して強いのか、ライブアクションを扱うのが上手なのか、それともキーイングの処理がきれいなのか、というところを見ます。

デモリールには、たくさんのショット、そして違うタイプのショットを入れて、1分以内にまとめてください。また、1番自分が自信のあるショットを入れてください。

もし、CMでしか働いた経験がないということであれば、少し難しいかもしれません。劇場映画の経験がある人の方が良いと思います。

日本の方が応募する場合、ビザのことは良く分からないのですが、DNEGにはすごく腕の良い日本人のアーティストが何人かいます。いつもその仕事ぶりには感心しますし、できたらもっと来てほしいとも思います。会社としては、ビザや転居に対してお金を払うというのは腕のあるシニアアーティストに対しては比較的援助しやすいです。ジュニアレベルの人の場合はいろいろと難しいかもしれませんが、ロンドンにくる都合をつけられるのであれば、話は変わるかもしれません。

DNEGは、ウェブサイト内にデモリールをアップロードできるところがありますので、そちらからぜひ応募してください。こちらから、興味を持った方にご連絡させていただきます。

 

 

▼NUKEについて

  • DNEGでは、Nukeのどのバージョンを使用していますか?

正直なところ、あまり分かりません。担当が、その時々でアップデートを行います。おそらくですが、私達が使用しているバージョンは大体半年から9ヵ月程、最新バージョンから遅れていると思います。ひとたびプロジェクトが始まれば、その時点で使用しているバージョンを使い続けます。例えば、最初の段階でNUKE 11を使い始めたら、そのプロジェクトが終わるまで、たとえNUKE 13が出ても、NUKE 11のまま使用します。これは途中の段階でのバージョン移行により、開発したスクリプトが動作しなくなるなどのリスクを避けるためです。

制作とは別に、いつもNUKEのテストは行っていますが、NUKEが完璧といえど、私達のパイプラインが完璧とは限りませんので、プロジェクトの間は同じバージョンを使用しています。

 

  • どのようなマシンをお使いですか?お使いのマシンではどのOSを使用していますか?

マシンに関しては、テクニカルの方たちが全て管理していて、あまり興味がないので詳しくはわからないのですが、NUKEはLINUXのマシンを使用しています。

『ダンケルク』のプロジェクトに参加した際は、IMAXシアター用の解像度6,100の作品でしたのでかなり良いマシンを使用していましたが、他のプロジェクトのときはもっとシンプルなものを使用していますし、ジュニアアーティストたちは比較的パワーの低いものを使用しています。それに対して、エフェクトアーティストはハイパフォーマンスなマシンを使用しています。使用するマシンスペックに関しては、あまり明確には決まっていません。

 

  • サードパーティ製プラグインで使用されているものがあれば教えて頂けますか?

あまり使用頻度は高くありませんが、Neat Videoと、レンズフレア用プラグインのOptical Flaresを使用しています。

 

  • Shot のプレビュー環境やシーケンスでのチェックの環境について教えて頂けますか?NUKE STUDIO、HIERO等は使用されていますか?

いいえ。現状、ショットのレビューには自社で開発した、Linux用のエディットソフトウェアがあり、そちらを使用していて、NUKESTUDIOは使用していません。

 

  • コンポジット時のレンダーマシンの平均台数をお聞かせ願えますか?

台数は、プロジェクト内容や、レンダリングにどれぐらい必要なのかによって大幅に変動します。また、3Dの担当が使用したい台数によって、2Dで使用できる台数が変わることもあります。ある時は200台使用したこともありますし、一方で、3台しか使用できなかったこともあります。

 

  • Nukeを使用していて、改善してほしいところをお聞かせください。

3D空間での機能に関して、全体的にもっと良くすることができるのではないかと思っています。UVや、キャッシュのセレクションも改善してほしいです。後は、カーブのポイントを微調整することが難しいので、操作がやりやすくなれば良いと思います。

 

  • 最後に、Foundryの製品は、DNEGにとってどのような存在でしょうか?

NUKEは、DNEGのパイプラインにとって欠かせないピースの1つです。これまで様々なことを組み込んでたくさんの作業を行ってきましたので、簡単に換えることはできない、とても価値のあるものとなっています。2Dの作業は、Foundryにかなり頼っていると感じます。

 

ありがとうございました。